2016/12/10 UPDATE!!

【COLUMN】ミニアルバム発売記念企画「ディレクター松井の徒然解説」!!

ミニアルバム「柳菊ノ円盤其ノ弐-お遊戯編-」発売を記念して、
YANAKIKUのディレクターでありマニピュレーターでもある松井氏によるアルバム解説をスタート!!
発売日まで毎日1曲ずつ松井氏独自の視点から全曲解説していただきま鶴。

どうも。
YANAKIKUのディレクターやらマニュピレーターやら、まーいろいろとやらせてもらってます松井です。彼女たちとそんな「いろいろ」をやってきて、思い起こすと、もの凄く時間が経ったようで、そうでもないようで。それは、脳みそをずっと使ってきた印象があって、個人的にとても濃密な時間ゆえ、だからなのかもしれません。

YANAKIKUと出会ったのは2014年の3月くらいだったかな?
旧知の、「同じ釜の飯を食った」とでも言うべき寺本さん(以下、しっくりこないんで敬称略)からかかってきた電話が始まり。
その直前まで彼女とは某アーティスト現場で各々の寝食を侵食されるような時間を共にしてたわけですが、私がそこを一足先に離脱。
その後彼女も同じくその現場を離れ、風の噂では新しい方(々?)のマネージャーに就任した、と。
そんな彼女からの電話は、「新しく担当している日本をテーマにした『YANAKIKU』という女性デュオの配信用音源のマスタリングで知恵を貸して欲しい」、というものでした。
私は某アーティスト現場を辞めたばかりで、時間も困るくらいたっぷりあったw。
で、いそいそとマスタリングスタジオに。
そこで初めて、可愛らしいw二人組と対面しました。

それから半年。
再び寺本からの電話。内容は、「今までライブで歌ってきた音源をコンパイルして1枚のアルバムにするので手伝って欲しい。実はその他もろもろあるんですけどねぇ〜」。
その時も困り果てるくらい時間も出来てしまっていて、、、二つ返事で作業を始めました。

ということで、寺本の言う「もろもろ」を手伝ってたら、もう2年w
その間いろんな出来事もあったし、試行錯誤を繰り返しながらも進んできた結果として、12/14にミニアルバム「柳菊ノ円盤其ノ弐~お遊戯編~」をリリースします。
寝ても覚めてもこのプロジェクトのことを考えてきたわけですが、私自身歳もとったし、あと1年も経ったら細かいことも、大事なことも、どうでもいいこともすっかり忘れちゃうでしょう。
どんな気持ちで曲を作ったとか、あいつがあの時こんなこと言ったとか、出前でとった釜飯の味とか、KIKUと寺本が頷いてる割には人の話を聞いてないとか、話を聞いてる時のYANAはフリーズしてるとか、どうでもよくなっちゃうんですよ、多分w
なので忘れないうちに、備忘録としても少しばかり残しておこうかと。

徒然なるままに楽曲解説などを。
基本駄話、よかったらお付き合いくださいませ。

 

【1.柳菊見参つかま鶴】作編曲:YANA

2015年12月12日、六本木morphで行った2年ぶりのYANAKIKUワンマンライブがみんなの気持ちの一区切りになっていたように思います。
スタイルの変更に伴い、皆さまの前で発表することもなくなった楽曲も含め、今までのすべてを出してしまおう、そんなイベントだったように思います。
ワンマンを終え、年も明け。
彼女たちはその後もライブをやり続けていましたが、気持ちはリニューアル。
2016年3月からスタートする、YANAKIKU主催による異種格闘技戦とも言えるイベント『柳菊“珍”道中膝栗毛』へ向かって行きました。

心機一転です。
YANAがDTMソフトを、慣れ親しんだ“GarageBand”から“LogicPro”に変更。そしてずっと使用していた登場曲「柳菊始まり〼」をも変更を決意。
スタジオで録ったナレーション部分を持ち帰り、YANAがあっという間に作ってきました。
それから私が音源を引き受け、多少トラックを追加、ミックスして出来上がり。
新しい出囃子の完成です。
ちなみに今回収録にあたり、CDという音のみで視覚要素がないメディアでの発表なので、ミックスは仕直しました。
ゆえに会場で聞いたこともある皆さん、今まで聞いてきたものとはだいぶバランスは違いますw

【2.VIVA!人生珍道中】作詞/作曲:YANAKIKU 編曲:YANA / toshi808

2016年に入り完成した楽曲第1弾。
(実はもう一つ進行したものもあったのですが、これは別項目で書きます。)
「柳菊見参つかま鶴」と同じくイベント『柳菊“珍”道中膝栗毛』のために、そのテーマ曲という意味合いの新曲を作ろうということでスタートしました。

曲を説明する前に。
二人とは2015年秋くらいから新曲のトラックを共同で作る作業を始めていて、その作業の行程は(おそらくも含め)大まかに、こんな感じで進みます。

①2人による曲づくり
YANAプログラミングで叩き作業開始
 ↓
YANAとKIKUが二人で集まる
 ↓
叩き音源聴きながら
 ↓
テーマ決める
 ↓
二人でメロディー・歌詞考える(多分同時進行に近い)
 ↓
歌う
 ↓
デモ完成
 ↓
デモ曲を私に送付

※ちなみにここに私の立会いは無し。二人だけで行われます。
※なので実際の作業の順番は前後することも考えられます。
※一説にはこれはサイゼリアで行われているなどとありますが、その辺定かではありません。

②私によるアレンジ・プログラミング
送られてきた音源を聴きます。これを聞き込んでどういうアレンジにするか考えます。その後作業して、だいぶまとまったら音源を二人に送ります。リクエストあれば修正したり、押し切ったりwします。

③ボーカル・コーラス入れ
実際にスタジオに入ります。そのトラックに合わせて歌・コーラスを入れます。
実際歌ってみて、ノリやその他の問題もあって、その場で歌詞も変わる可能性もあります。

④ラフミックス作り
製品にはなりませんが、私が自宅に持ち帰ってラフを作ります。ライブ用に使用するトラックに仕上げなくてはいけないこともありますので。

3人でやる場合は大体こんな感じで進むことが多かった。
私は本来はディレクターですから、トラックを作らなくてはいけない立場ではありません。が諸事情あり、結果賄う形になりました。


さて曲解説に戻ります。
二人から送られてきたデモ音源を聴き、この曲でトラックを作る上でとった手法。それはイントロから順番に作っていく方法でした。
日本の歌モノでいうと、イントロ→Aメロ→Bメロ→サビ→インターあってAに戻る、みたいなパターンがありますよね。各ブロック作っちゃうと今時はコピー・ペーストみたいな作り方ができるわけです。
それを捨てて、頭から作っていきました。やりたかったのは頭から最後までで一つのストーリーになるようなトラック。これはデモを聴いてそう感じたわけです。
二人に「2番のAが・・・」とか言われたことがあって。この曲に関して、私にはAとかBという概念もなく、「どこ?」って答えた記憶がw サビ以外のコード展開は同じところがなく、鳴っているリズムも違います。
大きな流れで作ることに専念しました。CD化する際、二人から「1コーラス目でしか出てこないところを2コーラス目に入れたい」というリクエストがあったのですが、そういう風にアレンジしてないので無理と。
実際やってみましたが、無理なんですw

昔からやってみたかったテーマの一つが“旅もの”。
イベントのテーマがテーマですから、おかげさまで作ることができました。
『膝栗毛』なんて言葉を見ると大体想像するのが十返舎一九の『東海道中膝栗毛』かと。丁髷結った弥次喜多がお伊勢参り、みたいな絵が浮かんでくると思います。

彼女たちのプロジェクトに参加して「日本的」なもの、ということをよく考えていました。果たして日本的なものとはなんなのだろう、と。
言葉だって大陸から伝わった漢字が平安時代に独自なものに変化して仮名になっていきますし、日本独自の楽器なんて大正琴くらいとかどこかで読んだことがあって。室町時代あたりまでは中国大陸から朝鮮半島通じて伝わったものを独自の形に消化していったのではないでしょうか。そう思ったら“旅”というテーマが私の中では大きなものになっていきました。
珍道中は徒歩で「テクテク」なんだけど、トラックはもう大陸に出かけちゃってるんです、実はw
スタートの琴は和琴なんですが、途中鳴っている太鼓は朝鮮のものだし、金物は中国大陸、果てはインドくらいまで行っちゃってますw
80年代中盤に聴いていた韓国のパーカッショングループの「サムルノリ」とか、その他のグループをイメージして打ち込みしたのですが、本当はそんな方々に生で参加してほしい曲なんです。予算的に難しいので、プログラミングしましたがw
ちなみに最後の最後にKIKUから「鼓を入れて!!!」と。魂を日本に引き戻されました。

間奏はYANAからの“FUJIYAMAの間奏みたいな不思議な感じで”というリクエスト。アレンジしている頃、敬愛する「教授」こと坂本龍一氏の復帰第一弾イベントの制作に関わっていまして。参加できることに非常に興奮していて、よく曲を聴いてました。その影響をもろに受けてますw

ライブでは1曲目、そんなイメージもしました。
なんでも賑やかにすりゃいいってもんじゃない、妖艶に“Japanese Cool Beauty”の登場だ!っていう感じです。曲中にお客さまを煽るパートもありませんし。
なので二人が登場したら「かっけ〜!!!」と心の中でつぶやいてくれればいいです。その割には歌詞はお気楽な感じが漂ってますがw

【3.FUNK★JAPAN】 作詞/作曲:YANAKIKU 編曲:YANA / toshi808

アルバム発売より一足先にMusic Videoで皆さん聴いていただけます、この【FUNK★JAPAN】。

https://www.youtube.com/watch?v=65tBzTmjBC8

これは昨年制作したものがベースとなっています。
多分2015年夏頃に「次はFunkやりたいね」みたいな話をスタジオで二人と話してたように記憶してます。
いつ頃から作り始めたんだろう?と調べてみました。
2015年10月中旬、「Demoできました!」とメールが。
ちょうどその頃【柳菊中毒禁断症状】のアレンジをしていて(これが結構時間がかかった。詳細は後日)、その最中に音源が届きました。
私は定期的に彼女たちのライブにも出演させてもらったりしていて、その時だけ各楽曲のトラックを変えたりしてたので、あっちやったり、こっちやったりと、ごちゃごちゃでその辺よく覚えていませんw
そのDemoにはすでに早口言葉のコーナーもありました。
この頃、(というか今も)YANAKIKUはものすごい数のライブをこなしていて、オーディエンスとの距離感なんかもよりわかってきていて、こういうアイデアが生まれたのだと思います。
KIKUが話しながらやたらニコニコしてたような。

ちょうど私周りがFacebookで “Sly & The Family Stone”の映像で盛り上がってまして、Funkやるなら、と。大好きなバンドなんですが、これまた影響受けましたw

スライ&ザ・ファミリーストーン http://www.slystonemusic.com
それとFunkじゃないけどジョルジオ・モロダー

初演は昨年のワンマンライブ。年末にかけ忙しくなっていたところを寺本にスケジュールやりくりしてもらって歌入れしました。
その時の音源はYANAと私の作った100%プログラミングだけのものです。
BRASSのプログラミングにとても時間がかかった、、、、、。
そのBRASSもイベントでご一緒した「カルメラ」からホーンズに参加していただけることになり、あらためてレコーディング。これはとても嬉しかった。生楽器に勝てる打ち込みなどないのです。
カルメラhttp://www.calmera.jp

ギターはうみ野くん。出会いは昨年。この曲をプログラミングしてた頃、Twitterで“カッティングできるギタリストいないかなぁ〜”とつぶやいたらレスが来た。それまでは全く知らなかった人ですw
CD化に際し、ギター・トラックを追加しました。
最初、ナイル・ロジャースみたいなオシャレなカッティングをしてくれたんですが、オシャレなんで弾き直してもらいましたw
「エンヤトット感がたりない!」とか結構無茶振りw
カッティングもエンディングのソロも彼のテイストとは少し違うものだと思います。いろいろ無理言ってごめんなさい。この場を借りて。

Demoの段階で歌詞はできていました。
その後歌入れの時、ほんの数カ所、相談して修正しました。あの時期でなくてはできなかった歌詞かもしれません。
JazzもFunkもHip Hopも、これらの音楽はアフリカ系アメリカンの歴史です。形だけ借りちゃってな大事な中身(姿勢)がなくなっちゃうのが日本人の特徴、みたいなところがあると思うのですが、多少なりとも失礼がない世界になったのではないかと思っています。
あれから1年、もっと生きにくい日本になっちゃいましたが、、、、、、。

最後に、隠れた聴きどころ。何度やってもできない、天才的な寺本の早口言葉w

【4.KANPAI NIGHT】作詞:沢田チャレンジ 作曲:YANAKIKU / AViA(fromカルテット.)編曲:AViA

タイトルが示す通り、これは「お酒」の歌。
アメリカなどでは「寿司」はヘルシーな食事としてずいぶん人気のある食べ物な訳ですが、と同時に「日本酒」もそれに合わせてブームになってきています。
YANAKIKUはこれまでアメリカ・イギリス・中国・韓国・その他の海外での公演も行ってきました。
2016年初頭、海外での公演はまだ白紙の状態だったのですが、特に海外の皆さんに向けてお酒の歌を作ろうと。
その後だいぶ時間は経って、今年の7月、サンフランシスコで開催された「J-POP SUMMIT 2016」に再び出演することが決まりました。そしてまたタイミングのいいことに、今回はあの“iichiko”をアメリカ展開しているiichiko USAがスポンサーとしてついてくださることに。
ここを逃すわけにはいかないでしょ!ということで急ピッチで楽曲制作と相成りました。

トラックは、昨年ワンコインCDとしてリリースした「KIRA KIRA TOKIO」に引き続き、名古屋在住RAPミュージックユニット「カルテット.」のAViAにお願いしています。
YANAKIKUは以前からAViAと親交があり、また彼らの楽曲「Unbelievable」を気に入っていた彼女たちが、そのテイストを含んだトラックをお願いしました。
彼らの楽曲とは別に、YANAKIKUの二人とマネージャーの寺本も以前から、例えば笠置シヅ子に代表される戦後のブギのようなサウンドを作りたいという希望もあって、ここに集約しました。
AViAはリクエスト通り、素晴らしいトラックを作ってくれたと思います。
楽曲制作の出発点が主に海外のオーディエンスに向かって、ということが頭にありました。
ゆえに歌詞もSoul Musicとかでよく使われる、Otis Reddingとか(日本では清志郎さんが有名かな)よく曲中で連呼している“Sock it to me”と“Sake to me”とかけて遊んじゃおう、なんてアイデアも出てきたわけです。

そしてそんなアイデアを形にしてくれたのが、ザ・チャレンジのボーカル沢田チャレンジ氏。
YANAKIKU初の、歌詞外部発注w
言葉遊びをしたくて、その辺もよくリクエストに答えていただきました。
この曲のレコーディングから彼女たちの環境が変わり、新しいスタジオで歌入れをしてます。
以降歌のレコーディングはエンジニアの野崎さんが担当してくれているのですが、録音のサンプルレートが高い、ハイスペックなボーカル・レコーディング。「初回ゆえ、気合が入っちゃった」と後日談w

ところで、iichikoも海外向けの“iichiko Bar”ってシリーズがあって。先日も飲ませていただいちゃったんですが、CMとか作ってみないですかね〜。この曲使って。海外専用で。
国内CMはビリーバンバンのお二人で良いですから。
どうでしょう?

【5.柳菊中毒禁断症状】 作詞/作曲:YANAKIKU 編曲:YANA / toshi808

2015年、「柳菊松」による楽曲制作第1弾。
この年の春、YANAKIKU はファーストアルバム「柳菊ノ円盤」をリリース。その後そのアルバムを引っさげ、インストアライブ含め皆さんの前でパフォーマンスすることが多くなりました。
と同時にこの先の音楽性含めたYANAKIKUとしての活動を模索することとなります。
ファーストアルバムまでは各楽曲はトラックメーカーとの共同作業による制作という意味合いが強いものだったようです(と聞いている)。

この頃からYANAKIKUは自分たちで一から楽曲を作り始めます。これは世界中の人々がそうであるように、昨今はPCがあれば、みんな簡単にDTMを始められるということが大きい。
ただ、これを始めるか始めないかで、その後に音楽家として大きな差がついちゃうと個人的に思っています。
あの頃は二人相手によくDTM講座を開いたもんですw

そして二人は二曲のデモを作りました。
それは「KIRA KIRA TOKIO」と、この「柳菊中毒禁断症状」。
「KIRA KIRA TOKIO」の本制作を終え、この曲に取り掛かろうというところでした。
私に本人たちから直接電話が。制作のアドバイスだろう、ということで話をしてたら、「一緒に作って欲しい」と。
依頼の理由は‥‥よくわかりません(笑)

かくして共同作業がスタートしました。
本人たちのやりたいこと、私が思うところ、これらの合致点を探すのに割と苦労しました。
故にファーストテイクはボツになってますし。
聴いてきた音楽、時代の切り取り方、そんな世代間のギャップも大きいでしょうね。
なんとか頑張って(笑)、セカンドテイク、ワンコーラス作って送ったのですが、その時はえらく喜んでくれまして。2人から電話をもらいましたw

制作の過程で構成も歌詞もどんどん変わっていきました。
これもよく調べてみたら、形になるまで1ヶ月半以上もかかってます。その後の曲を考えるといかに大変だったかというw

YANAもKIKUもアイデアは豊富で、SEに至るまでどんどんリクエストがきます。
「ここは病院、手術中でお願いします」とかw
私も悪ノリして、緊急事態的にモールス信号入れたり。モールスがどんな内容かは聞いて各々調べてくださいw

私個人の思惑としては、YANAKIKUでやる以上、どうしてもエキゾ感だけは付加したかった。
メロと歌詞から浮かんだのはBollywood Music。インド映画の合間に突然入ってくる、あの音楽たち。(Bollywood Songsで検索くださいませ。いっぱいありますから。)
昔からあのトリップ感に参ってまして、寝ても覚めても聞いてました。
もうこれしかないだろうと。
そして、そこの振り付けはラッキー池田的だろうと。
結果そういう雰囲気になってて笑いましたがw

そうだそうだ、思い出してきたw
Demoの二人の仮歌を聞いて、「なんかDavid Byrneぽいなぁ〜」と思ったんだ!!
そこからTalking Headsとかの、ホワイトがやるFunkのリズム感を意識したんでした。
( David Byrne https://ja.wikipedia.org/wiki/デヴィッド・バーン )
( Talking Heads [Big Business] https://www.youtube.com/watch?v=WYFqdrOMqk4 )

その後この曲はライブの定番となっていきます。
回数を重ねるにつれ、オーディエンスの反応もわかってくるわけで、どんどんヴァージョンが変わっていきました。
尺も構成も変われば、うみ野くんのギタートラックをエディットして入れたり。
今回のCDに入ったのはそんな過程を経た“今”現在のヴァージョン。
もしかしたらこれからも変わり続けるのかもしれません。
それは私にもわかりません。。。。。

【6.恋のケン玉あそび】 作詞:沢田チャレンジ 作曲: YANAKIKU/フラチナリズム 編曲:フラチナリズム

いよいよ残すところ2曲となりました。
本日の楽曲は「恋のケン玉あそび」。

数年前から日本のおもちゃ「けん玉」は「KENDAMA」となり、海外の一部で流行し始めます。
初のアルバムミーティングで、このテーマはどうだろう?と。
海外に出て行こうと考えているYANAKIKUにとってはうってつけの題材。下手すりゃ“歌うKENDAMA大使”として輸出w
そんな冗談も飛び出しながらも、この楽曲は来るべきアルバム制作のためのテーマとして二人の中に入っていきました。
そして8月も終わりに近づく頃、二人はこのアルバム収録予定の最後の新曲としてDemoを制作し始めます。そのDemoのメロディー含めたブラッシュアップは「フラチナリズム」へと引き継がれました。

YANAKIKU、フラチナリズム間でのやり取りが続き、YANAKIKUの中国出張中に構成が出来上がりました。

今アルバムの唯一のバンドサウンド曲のリズムレコーディングは10月8日。僕の誕生日前日で、みんなに祝ってもらったのでとてもよく覚えていますw

この曲はリズムの跳ね具合がとても大事で、そこを一番こだわったのですが、Bassのタケウチくん、Drumの都築くんの演奏力は素晴らしく、割とあっという間に出来上がりました。
とはいえ、特に都築くんの黙々とした割には熱いwこだわりは凄く、OKなのにもかかわらず何度もトライしてました。
そして、このアレンジを構築してくれたGtの田村くん、演奏もさることながらよく彼女たちの音楽性を理解して制作してくれたと思います。心から感謝です。
レコーディングにはボーカルのモリ君もスタジオに登場。その場の空気を「賑やか」に且つ「和やか」な雰囲気作りを。トラック録音には一切参加してませんがw
その後みんなの許可を得てw、私が自宅でダビングしました。ちょっとしたトッピングです。

歌詞は、時系列でいうと「KANPAI NIGHT」「すごろく娘」に続いての沢田チャレンジ氏。
“けん玉”を見事な男女のラブソングに昇華してくれました。
80年代を過ごした方にはわかっていただけるかもしれないのですが、私はこの歌詞で相原コージ氏の「コージ苑」で描かれた、欲望の前に儚くも脆い男性を思い出したのであります。あぁ〜、まー君。。。。。。
その思いは彼女たちへのボーカルディレクションのアイデアのひとつとなりました。

完成した、「物語口調」で展開するこの楽曲は“情念”って言葉がしっくりくるような、YANAKIKU史上初の大人のラブソングになったかな、と。
私の中では梶芽衣子さんが出てくる感じですねw

このフラチナリズムとのコラボレーションでの成功は、実はこの世界観をさらりと歌ってのけた彼女たちの「うた」の力があってこそ。

うまいボーカリストとのクリエーションはやってて本当に楽しいんですよ。

【7.すごろく娘】作詞:沢田チャレンジ 作曲:YANAKIKU/ toshi808 編曲:toshi808

アルバムの最後を飾るは「すごろく娘」。
ライブで披露したこともありません。このアルバムで初の発表となります。

実はこのトラックは遠い昔、私が制作したものが元になっております。
2016年の頭、そのトラックを二人に聴いてもらい、「ここから一緒に曲を作りませんか?」と持ちかけたのがきっかけです。

まずトラックを元に二人に何パターンかメロディーを考えてもらい、曲を構築していきました。
YANAKIKUのライブで一緒に演奏した夜だったと思います。風呂に浸かりながらこの曲と彼女たちの歌のことを考えてまして。その時あるメロディーが浮かびました。
忘れちゃいけないと、体も拭かずに風呂を飛び出して、iPhoneにメロを録音。その後二人に提案したら、彼女たちも悩んでいた箇所だったらしく、喜んでもらったのが嬉しかった。
「柳菊松」初の作曲ソングの完成です。

そして本当は、「VIVA!人生珍道中」になるはずだった曲です、これ。
次は歌詞制作となったのですが、歌詞の世界観が曲とマッチしてない気がして。
ゆえに「VIVA!人生珍道中」は二人が新規に制作することになりました。(ここまでは【2 VIVA!人生珍道中】の曲解説につながります。)

一旦寝かせた楽曲になったのですが、レコーディングがスタートする段階になって「続きをどうしてもやらせて欲しい」とお願いしました。
私がYANAKIKUにやってほしかった楽曲の一つが、メジャースケールの、音符の少ない、しっかり歌い上げるようなもの。歌も重ねて厚くするようなことをしないでシングルでしっかり聞かせる、曲調はエキゾ感漂う、そんな曲。
二人が今までやったことのないようなタイプの楽曲ですから、完成形が見えにくかったのではないかと思います。
そしてそういう曲には歌詞がとても重要だったのです。

この曲の詞を依頼する時、沢田チャレンジ氏と初めてお会いしました。
ブレスト的に話を進め、あとは上がりを待つことに。
実は「方向が見えるまで詞は悩んでいた」と後に伝え聞きました。
そうして送られてきた歌詞、テーマは「すごろく」。
“そうきたか!”とw
YANAKIKU版「365歩のマーチ」ともいうべきその内容は、私が出会ってからずっと見てきた彼女たちのようでもあり、、、、、、。

ボーカル・レコーディングを終え、その歌を受けて私はトラックの一部を変更しました。
ハーモナイズ仕直し、またBassのラインも全て変更。
トラックからメロディーが生まれ、歌が入り、その歌を受けて更にトラックを変える。これは私にとって面白い発見でした。

この曲もギターのうみ野くんを大いに悩ませたことだと思います。無茶苦茶なプレイをさせてしまいました。 うみ野くん曰く「これ、ライブじゃ無理っす」。

このアルバム曲のミックスは、ファースト・アルバムでもお世話になった高根晋作くんがほぼ行ってくれてます。彼は売れっ子でして、実に時間のない中、わがままなディレクターのワケのわからない要求にも耐えしっかり仕上げてくれました。ありがとうね。
わがままついでに、この「すごろく娘」は私がミックスさせてもらいました。
テクニックも何もプロのエンジニアに絶対かなわないんだけど、この曲は私しかできないんですよ、多分。
それを許してくれたYANAKIKUに感謝してます。ありがとう。

そして、この曲の締めとして。私が忘れられない言葉があります。
ボーカルレコーディングを終え、私の想像が確信になった時。
「宿便が全部出た感じだ」と言葉を漏らした後、KIKUが放った一言。

「祝・便」。

【あとがき】

計7曲、一週間のご愛読ありがとうございました。
今までいくつもレコーディングに参加し、たくさんのエピソードや経験、その他、毎回話は山のようにあります。これらは大概が飲み屋での仲間との話で消費されちゃうくらいで、ほぼ外に対して発信することはありません。
ただ今回は何かを残しておきたかったのです。それは私にとって2年間の濃密な時間があったから。
そんな申し出にコンテンツを用意してくれた大事な仲間、寺本佳世さんに心から感謝します。
プロジェクトに参加させてくれてありがとう。
そしてYANAKIKUに引き合わせてくれてありがとう。

そしてよくもまー、こんな面倒臭いディレクターに付き合ってくれたYANAKIKUの二人。
こんな奴ですまなかったw
おかげでいろんなことも経験できたし、いろんな発見もあった。
もしこの2年間の出来事が二人の中で貴重なものになっていってくれたら、こんなに嬉しいことはない。そうなってくれたらいいな、いや、そうしてくださいw
本当にありがとう。

それでは最後に。
「すごろく娘たちのこれからの人生に幸よあれ」。

(完)